昭和の東南海地震(1944)・南海地震(1946)を聴く

防災
10 /18 2016
防災講座で講師をしている時、「70年前の地震の教訓を生かしている」という言葉がきっかけとなり、今から72年前の東南海地震(M8.0)に遭遇された方のお話を伺うことが出来ました。

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地震に2度、水害にも何度も遭ってきた地域 今はのどかな景色です。

1944年 東南海地震
稲を脱穀していた時、突然揺れが襲ってきて、稲もコメも放りだしてとにかく逃げた。
周りの事は覚えていない。怖かった記憶しかない。
1946年 12月21日 南海地震 
結婚したのが10月21日
そのちょうど2か月後に地震が来た。
音がしたわけでもなく、突然大きな揺れが襲った。
家の柱が左右に揺れ折れるのではないかと思った、義妹が必死に玄関の方へ行き開けてくれた、私と姑と大姑はそのおかげで外へ出られた。揺れる家の中を這いつくばって必死に移動した。膝にたくさんの傷がついた。外へでて庭の木にしがみついていたら家がつぶれた。揺れている中でも逃げ出して良かった。

この辺りの瓦の家は全部つぶれた、藁葺の家は仰向けにひっくり返るか、横に傾いていた。
一軒おきに家がつぶれた。
2階建ては危ないという事で、平屋を立てなさいという話が来たけれど、平屋は心配だという事で低めの2階(半二階)の家をたてた。液状化があると思われているこの地域ですが、真下に断層が走っているとご家族の方が話されていました。

数年後、集中豪雨で堤防(揖斐川)が切れた時半二階の家は水没した。
1959年伊勢湾台風で、もう一度家が水没することになった。
船で仏壇や味噌桶を運んで、堤防にバラック小屋をたてて近所の人々と住んでいた。
今でいう仮設住宅だね。もともと池や水溜まりの地域だったから仕方がない・・・・
二度も水に浸かり、再び立て直すことになる。

疲れも感じさせずに、災害との闘い続きの人生をしっかりと話してくださいました。
伺ったお話は貴重な財産です、必ず防災活動に役立てたいと思います。
本当にありがとうございました。

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コメント

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No title

貴重な経験談に身がすくみますね。
こういう時は (いいね)とか(拍手)意外に
何かないかなと思うのですが思い浮かばないです。

Re: No title

この地方に、幻と言われる昭和の3連動地震を体験された方がおられるはず。
そう聞いていたのですが、会えないままでいました。
今回ようやくお会いできて、お話を聴くことが出来て感謝の気持ちでいっぱいです。
80歳以上の方で、記憶を言葉にできる方がどんどん減っています。
時間がない!というのが正直な気持ちです。

san .i

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